第44話 知的好奇心をつつくという励ましもある

死を超えるプロセス

沈んだ底から私を引き上げた

 久しぶりに声を聞いた。相変わらず目力がある。クリッとした瞳で相手を見据えて、落ち着いた口調で切り込んでくる話し方。

 目力ある彼女は、この3月まで2年間をともにした同僚

 異動して、新しい職場に慣れないうちに夫の症状が悪化し、亡くなり、やる気なく、出勤拒否したくて、どうしようもない底辺地帯から、私を引き上げてくれた人

 

 引き上げてくれたといっても、励まされたわけでも、慰められたわけでもない。ただ、”疑問符”を投げられただけ

「この業務は何にもとづいてやっているの?」

「このやり方って正しい?」

「他の視点で考えてみたら?」

柔らかい声調だが、賛同してはいない

【私の心の声】

 業務の根拠ですって!? 知りません。

 私はこの業務のプロじゃないし配属されただけです。

 数年後は異動して別の業務をするのだから、知らなくても支障ありません。

 前例に従い、リストにあがったことを一つずつ片づけていくだけ。

 

 だいいち、夫が亡くなり、やる気がないのです。

 朝、出勤したら、目の前の仕事から手を付け、淡々とこなし、帰りたいんです。

 深く考えるとやってられないんです。生活のために働いているだけで、仕事に没頭なんかできない……‥

没頭する余裕なんかない、あるはずない…ない…

ないはずなのに~

「疑問」の手裏剣を受けると、何かが動きはじめる、、、、

 あ~黙っちゃいられない

【私の心の別の声】

 ちょっと、私はそこまで役立たずじゃないよ! 

 私だって本気になれば、その疑問に対し回答くらい見つけられる! 

  業務の根拠をひもとけばいいんでしょ~

 

……と、躍起になっていると、いつのまにか集中し、時間がすぎ、やる気なかったはずの1日が終わっていた。

人間は考える葦なのだ

 不思議なものでやる気なくても、考えるツボを刺激されると人間は考える「人間は考える葦である」とは、パスカルさんもよく言ってくれたものだ

 心が落ちた時、励まされても優しい言葉をかけられても、這い上がれないのに「考えるツボ」で動き始める何かがある

 

 

 

 彼女は、私を元気にしようと意識的に疑問符を投げたわけではない。

 彼女は、任された仕事にどう取り組むか、いつも根本から問い直し、仕事の面白さや本質を発見する。

 他の人にもその”面白さ”を感じて欲しいと思っている。人生の大半を過ごす仕事の時間をただ過ごすのをもったいないと思っている。

 でも、知的好奇心のスイッチは自分しか入れることはできない。その”ヤル気スイッチ”を作動させる術を無意識に心得ているのだ。

 疑問手裏剣をストレートに打つので、彼女をうとましく感じる人もいる。反省も含め「私は人との距離感が分からないだけです」と彼女はいう

 

 距離感が分からないのではない。距離を測るよりも、もっと大事な”人が変化する”という価値を優先しているだけ。

 彼女が転勤し久しぶりに会うと、相変わらずの目力と心地よいトーンで話しかけてくる。

 声の調べに働いた2年の感情が音楽のように流れこんできた。考えたら辛い時期だったな。

 「だった」ということは、私は、少しずつ、確実に、元気になっている

 

 そして、今、興味がないと思っていた仕事の面白さが見え、意外と前のめりで取り組んでいる。