第29話 後悔は受け入れることからしか始まらない

死を超えるプロセス

合言葉はオキシトシン

 夫はよくマッサージをして欲しいと頼んだ。手のひらで包み込むように優しくさするのが我が家の定番。

 人が触れ合うことで分泌されるオキシトシンというホルモンがある。抗ストレス作用があり、別名「幸福ホルモン」
 親子や夫婦の触れ合いだけでなく、認知症の改善につながる研究結果もでている、と聞いて、我が家で導入した

 若かった頃の激しい抱擁はもうできないが、手のひらをあてるならすぐにできるし即効性もありそうと、張り切ってアロマオイルを買いこみ、マッサージした  

 が、次第に私は手を抜き始め、帰宅してビール飲みながら夕食の準備すると、ほろ酔い気分で「疲れているから」と頼まれても断るようになった

 

 みかねたテニス部息子が、彼の背中をさするようになった。息子は「オキシトシンお願い」と言われたら、必ずそれにこたえた。
 
 帰宅すると、いつも彼の背中にまたがるように座っているシーンをみることが多くなっていた

 彼の最後の入院となる明け方、認知能力が落ちたあの時間、「蛇口の水が止まらない」と、彼はその息子の名前をずっと呼び続けた。彼が頼っていたのは、私でもなく息子だった

 夫が逝ってから数カ月したある夕方、息子と大喧嘩になった。色が白く華奢な体格だが、夫と同じくらい雄弁で、口喧嘩したら、私は歯が立たない
 

 カッとなって冷静さを失う私に「お母さんは、お父さんのこと、何もしなかっただろ。死んでから泣いてばかりだけど、なんで生きている時にやらなかった

 その言葉は…直球のどストライクで私に突き刺さった

 息子の言う通り、なんでやらなかった、なんで…、なんで。 自分自身が毎日唱えている呪文だ


 彼がガンと診断された時から”夫を献身的に支える妻”にはならないと決めていた。「支える」と思った時点で、重荷になるから。
 だから、友人が誘えば遊びにでかけたし、飲みに行きたい時は飲みに出かけた

 仕事もそうだった。”家計を支える一家の大黒柱”という肩書は嫌だった。「大黒柱」と思った時点で、柱が折れるから
 家計のため働いているんじゃない、働きたいから働いているんだ、と言い聞かせた

 だから、優先事項はまず自分自身のケア。心が折れることないよう、自分に細心の注意を払った。

 

できなかったことを受け入れる

 あんなに心が折れないように頑張ったのに、彼が逝ったら…いとも簡単に折れてしまった…
 
 

 ポキっと折れながら、この1年、泣いて、泣いて、後悔した。けど、どんなに泣こうがわめこうが、彼が戻ってくることはない
 戻ってこない現実だけは、ボンヤリだけど分かってきた

 

 言い訳かもしれないが、ふりかえってみても、やっぱり、あの時、あの私が”精いっぱいの私”だった、あれ以上のことはできない私”だった気がする
 


 そういう言い訳を幾重に重ねながら、できなかった事実後悔している自分を受け入れるしかない。1年経って、やっとそう思えるようになった