第30話 子育て師匠と再会~がん治療放棄の選択~

ステキな人々物語

育児ノイローゼを救った子育て師匠

 夫の一年忌に2冊の本を持って来てくれた人がいる。癌をわずらった妹さんを3月に看取ったばかりのその人は私の子育ての師匠のような存在
 
 数年ぶりに顔をあわせてじっくり話していると、出会った当時の、子育てに必死だった”嵐のような日々”を思い出した。

 子育て師匠は、当時、双子を出産し4人を育てる母。同じ悩みを共有するため、(LINEすらない時代に)双子ママのコミュニケーションツールを作ろうと呼び掛けてくれた。
 
 「身内を頼る子育てはダメ。自分も家族も追い込むから気を付けて。利用できる公的制度をうんと使うんだよ。特に沖縄の働く女性は、身内頼みで制度のことをよく知らない


 40歳で双子を産んだ私にとって子育ては未知の分野
 
 けれど、母親になっている人を見渡せば、みなお母さんしてるじゃない。だから、赤ちゃんを生んだら自然に母親になれる

 …と思いきや、えっ、産んだら自然に母親になれないの? なんと自然にできることは何もなかった


 授乳、ミルクの作り方、おむつ替え、お風呂、子育ては、教えてもらわなければ何もできないことに驚いた。

 覚えたかと思えば、行きつく暇もなく一連の作業に追われた。子育て作業に加え、身内は「こうすべき、ああすべき」と子育て論に言いたい放題。

 出産後のいらだちに”子育て押しつけ論”が追いうちをかける

 育児ノイローゼもどきになりかけた時、子育て師匠の彼女が現れた。

 子育ての相談ができる助産師や相談機関を紹介し、子連れカフェに連れていき、預かり保育できる施設や支援制度、薬を多用しない自然療法まで教えてくれた。

 母親を亡くし頼る人が少ない師匠の子育て経験は、初心者ママには勉強になることばかりで、怒濤の子育て期を乗り越えることができた

 
 子育て怒涛期を過ぎると、いつのまにか、ほとんど顔を合わすことなく時間がたっていた

がん治療放棄を尊重する選択

 子育て師匠の彼女は、夫の一年忌法要で、妹さんのことを話してくれた。

 妹さんは、西洋医学の治療に見切りをつけていた、だから、家族は妹さんの意思を尊重したという。



 終末期がん治療になると、西洋医学以外の治療法を試みる人が多い。例えば東洋医学だったり、食事や薬草、精神的療法のアプローチなど


 ただ、西洋医学と一線を画す決断は勇気がいる。

 私たちもいろいろ挑戦はしたが、西洋医学の治療を断ち切る信念も勇気もなかった


 選択した先にある結末、大切な人の死を覚悟するのは辛かっただろう

 子育て師匠の彼女は、妹さんと悔いのない時間を過ごすことに努めた、と言っていた。
 柔らかい物腰だが軸足のぶれない強い人だと思った。そして「一緒に乗り越えこうね」と言ってくれた

 がん治療に100%の正解はない。もし夫が西洋医学の治療放棄という選択をしていたら、私は彼の意思を尊重できたのだろうか。

 

 持ってきてくれた本の1冊は「千の風になって」の日本語詩・作曲家の短編本。

 
 

千の風にのって


 私のお墓の前で 泣かないで下さい
 そこに私はいません 眠ってなんかいません
 千の風に 千の風になって
 この大きな空を 吹きわたっています

 秋には光になって 畑にふりそそぐ
 冬はダイヤのように きらめく雪になるc
 朝は鳥になって あなたを目覚めさせる 

 夜ほ星になって あなたを見守る

 私のお墓の前で 泣かないでください
 そこに私はいません 死んでなんかいません
 千の風に、千の風になって
 この大きな空を 吹きわたっています



 ページをめくりながら、彼女の思いと重なり、涙が止まらなかった
 



 アナタは風になっているのだろうか。”大地の息吹となって、地球の呼吸なって風になっている”のだろうか

 沖縄だから、さすがに雪になることはないだろうけど、光になり、鳥になり、星になり、私のそばにいてくれるのなら、「千の風になったアナタ」を感じてみたい