第55話 死の悼みを静かに抱える友人

ステキな人々物語

クールな同僚との再会

同僚だった友人と、10年ぶりにランチをした。

初めて出会ったとき、セミロングの黒髪を後ろで軽く結び、パソコンに向かって淡々と仕事する彼女は、同じ年だが、妙に落ち着いていた

「ずいぶんエンゲル係数が高い夫婦ね」

 居酒屋で食事するのが普通だった私達夫婦を見て、彼女はいつも目を大きくして驚いた。

 喧嘩を繰り返す私たち夫婦と異なり、彼女たち夫婦は、模範解答のように仲睦まじかった。

彼女の旦那さんはスラっと細身の元ホテルマン。大学生の頃から付き合って結婚したという。

大学生の時から付き合って、まだこんなに仲がいいなんて…ありえるの!? 

大学生から付き合って、ケンカざんまいの私から見ると、不思議でならなかった。

 

 

 やがて、馴れ初めを話してくれた

「付き合った頃、夫は腎機能不全で母親から腎移植を受けててね、今は透析治療しているの

 「苦労するから結婚しないほうがいいと周りから反対されたし、夫も俺と結婚しないほうがいいと言われたんだよね」

 そして、イタズラっぽい笑顔で言葉を足した「でも、私が好きすぎて、結婚に踏み切ったの

 おぉ~、この肝の座り方、妙に落ち着いている理由が、なるほど納得だった。

「夫の夢はカフェを開業すること、小さくていいか自分の好きなコーヒーを提供するカフェ、だから、あちこちのカフェを回っているのよ」

 口数の多いタイプではないが、夫の話になると少女のようにキラキラした瞳で語っていた

 

静かに抱える悼み

 同じ歳だとズケズケ入り込む私だが、彼女は他人と一定の距離を置くタイプだったので、その後は、急接近することもなく程よい距離感を保った付き合いだった

 私が40歳で双子を出産した年、彼女は40歳で“大好きな夫”を亡くした。数カ月、意識のない夫のそばに、彼女は寝ずの看護で付き添った。

 

 数年後、私の夫がガンだと知ったとき、彼女の夫が試みた温熱療法を薦めながら「大丈夫?」と短いメッセージをくれた。

 

 私の夫が亡くなったとき「何もしてあげられないけど…気持ちだけは分かるよと言ってくれた。

 

 そして「私は今でも夫と一緒に過ごしている夢をみるよ」と呟いた

 

 

今回、10年ぶりのランチで、まくしたてるように話す私を、静かに笑いながら頷く。

 出会った頃と変わらない。でも大切な人を失う痛みを静かに抱えている。

 夫婦でカフェ開業を語りながら過ごした日常の小さな幸せ、治療ライフも幸せの一部だったはず。

 大切な人が目の前からいなくなったことの絶望感

 一緒にいる夢を見て、朝、目が覚めて、ぬくもりが戻ってこない切なさに、数えられないくらい泣いたはず。

 私は彼女の体験を追っている。

 彼女は一定の距離感で人と付き合っているのではなかった。

 心を許して素の自分になれるのが、夫であるその人だけだった。その人の前では子供のように怒り、笑い、泣き、話ができたから、他の人と近づく必要がなかっただけだった。

 昼間に待ち合わせしたランチだったが、別れ際には夕焼けになっていた。驚いて席をたち、別れ際にお互い、振り返り手を振った。

 10年以上かけて夫のいない人生と折り合いをつけてきた彼女の笑顔は、人を大きく包みこむ優しさに変わっていた。