第36話 小さくて大きい”いばりんぼ”の魅力

ステキな人々物語
Susan CiprianoによるPixabayからの画像

弟が亡くなくなったんだよね

2カ月前に弟が亡くなったんだよね」ほぼ毎週会っている友人が突然言った。

 スポーツ指導を長年やっていた彼女はさばさば体育会系女子。ふだん軽快なトークで楽しませる友人が、突然切り出した言葉

 場所が居酒屋だったし、お酒でほろ酔い気分でもあったので、聞き間違いだと思った。

「ん? 弟って、誰の弟? 3人の子育てしながら県外でバリバリ働いているあなたの弟のこと? ん? 亡くなった? それ…死んだってこと?

 何度も聞きかえした

<a href="https://pixabay.com/ja/users/susan-lu4esm-7009216/?utm_source=link-attribution&utm_medium=referral&utm_campaign=image&utm_content=7316374">Susan Cipriano</a>による<a href="https://pixabay.com/ja//?utm_source=link-attribution&utm_medium=referral&utm_campaign=image&utm_content=7316374">Pixabay</a>からの画像

小さくて大きな態度のいばりんぼ

 彼女は、友人というより、仕事仲間。仕事仲間というより、親戚に近い感じの“仲”

 30年前教員免許取得のため母校で教育実習をした時、大学生だった彼女と出会った。社会経験ある年長の私と、他は大学生、フレッシュな面々教育実習生たちと特に接点をもつことなく実習を終えた

 教育実習から8年後、転職しようと受けた就職試験の会場で偶然に彼女と再会。同じ年に採用され、同期の仲間となった

 先輩には敬意を払うが、後輩に厳しく指導するさまは、体育会系特有の威厳を身に付けていた

 トークにも磨きがかかりシニカルな面白さがあり、小柄だが大きな態度の「いばりんぼ」になっていた

 同期採用の仲間と初旅行して、サバサバした見た目とちがった潔癖症の彼女は、神経質なまでに細かく、気の合うタイプじゃないからまず長く付き合うことはないな、と思った

 仕事1年目は仕事への熱意と愚痴を言い合い、夫婦仲が上手くいかない時期には夕食居酒屋をともにするようになり、いつの間にか毎年旅行する仲に進展し

 そのうち「いばりんぼ」友人は夫とも飲み友達になり、夫の同僚が友人にもなっていた。いつのまにか家族の食卓に彼女がいても、あまり不思議を感じなくなった。

 特に用事はないが、週一回程度は会う仲になっていた。

 が、2カ月前、数週間、連絡がとれない時期があった。ちょうど彼女の父親の3回忌の頃だ

父親の三回忌をむかえる前に

 夫が2度目のガン転移で治療したころ、彼女の父親は癌で余命宣告を受けた

 夫が亡くなる3か月前の5月、彼女の父親は亡くなった。ホスピス病棟から自宅へ戻り、ちょうど彼女が介護していた昼下がり、彼女が席を外した間に息を引き取り、家族葬で静かに告別式を執り行った。

 彼女の父親の1年忌法要の日、私は彼女の弟に初めて会った

 高校卒業して県外で働き、家族を持ち、家を建てたばかりの弟さんを70代の母親が安心しきったように見つめている。優しい面持ちだが一家の長男という、頼りがいを感じさせる

 弟の友人たちが親を囲んでお酒を飲み、ほんわかな雰囲気の1年忌。今年の3回忌も同じ風景のはずだった

 

 父親の3回忌法要の前日帰省した弟は友人とお酒を飲んで楽しい時間を過ごし、翌日、目覚めることはなかった、と、彼女は淡々と語った

 言葉がツーとぬけていく淡々と語っているだけに心臓に何かを落とされて沈んでいくようだった

 人間はいつか死ぬ。命とはそういうものだ。でも大切の人の死はやはり辛い

 彼女の弟をよく知らない。でも、彼女を知っているから、彼女の悲しさが皮膚感覚で伝わってきた

「なんで言わなかったの」と、驚いて泣く私に「どうせ悲しんで泣くでしょ、またウツがひどくなったらタイヘンなのに、言えないでしょ」とツッケンどんに返す

 いつも彼女はこうだ

優しい言葉のない優しさ

 夫と初顔合わせした時は「ふつうの人だね。私の好みではないな」と言う

 双子が産まれた時は甥っ子ほどではないけど、普通レベルで可愛い」と言う。

 「付き合う人は選ばないと」と、私がアドバイスした時は「じゃ、一番年長のあなたを最初に切らないとね」と言う。

 ツッケンドン、だけど、辛い時には、いつもそばにいる

 予想外の転勤でオロオロしていた時、職場情報を集め一緒に内偵捜査した

 双子妊娠で外出もままならない時、赴任先の北部から牛乳1本を届けに来た

 双子出産で3週間入院した時、お気に入りカフェのコーヒーを毎回持ってきた

 夫が亡くなる3か月前、彼女が持ってきたスイカを「とっても美味しい、ありがとう」と夫からのLINE、だから、5月になるとスイカを持ってくる

 そして、高校進学した息子たちを気遣い、理由をつけて様子を見に来てくれる

 言葉はないが、行動がある励ますことはしないが、シニカルな表現で笑いをとる

 

 どんなに落ち込んでも、悲しくても、怒っていても、いばりんぼトークに思わず笑ってしまい、マイナス感情を忘れてしまう

 気遣いに感動すると「私を見習って少しは気を使う人になったら」と、感動を一瞬で忘れさせる技術まで持ってる 

 このブログを読んだら、きっとこう言う「またぁ、誉めてますよのアピールですか? そんな懐柔策には乗らないからね」

 そして私はイラっとしながらも、また、彼女といつもの夕食居酒屋へ行くのだろう