第56話 ホスピスのとろける優しさ

看護師のアナタへ

ゆりかごから墓場までの病院

 年に一度の人間ドック。仕事が忙しくて、日程を延ばしまくって、とうとう12月28日になった。

 健診の合間の待合室で、仲のいい看護師が声をかけてきてくれた。

 仲がいいというより、双子を出産した時に帝王切開で苦しむ私を看護した人で、夫とわが家族をホスピスで見守ってくれた人でもある。

 そう、私の人間ドック受診院は、夫が産まれ、息子を出産したところであり、そして、夫が命を閉じた病院である。まさに「ゆりかごから墓場まで」の場所

 結婚して9年目に生まれた我が子を抱いた時の感動は、昨日のように覚えている。

 出産したものの、諸事情で帰る場所がなく、退院を延期しまくり、1か月ほど入院した。

「問題ないのにこんなに長く入院する患者は初めて」と言われながらも、居座り、看護師のみんなと仲良くなった。

 

 医師不足で5年ほど前に産科がなくなり、キリスト教を母体としたこの病院は、終末ケアの病棟だけを残した。

 産婦人科がなくなると聞いた時、思い出がなくなるようで寂しかった。まさか、夫のホスピスで関わることになるとは‥想像すらしていなかった。

 

 

 産後1か月滞在した病室は、ホスピスの1室になっていた。

 赤ちゃんの泣き声で妊婦が右往佐生する廊下は、体力が落ち、ゆっくり歩く患者の足音に変わっていた。

ホスピスのおいしいピザ

 産科で仲良くなったその看護師は、近所に住んでいて、保育園と放課後児童クラブの保護者としてよく顔を合わせていた。

 夫がホスピスに入所した時、外来診療を担当している彼女は病室に会いにきた。夫が逝く3日前だった。

 生まれた瞬間から知っている二人の男の子が、父親のそばに佇む姿を見て、ベッドに横たわる変わり果てた夫の姿に驚くことなく、私に声をかけた。

 

 コロナ禍で面会制限あるなか、私たちは、病院に無理やりお願いして、産後の時のように居座り、病室にこもっていた。

 翌日、彼女は、ピザを差し入れてくれた。温かいピザは何よりのご馳走に感じた

 

 彼女と会ったのは、ピザをもらった日以来。

 人間ドックの健診センターはホスピス病棟とは別棟だから、健診中は、ホスピスでの出来事を考えないようにしていた、

 なのに、彼女の顔をみると、あの日々が映像フィルムのように流れ、涙が溢れた。

 

 あの時、ホスピスで交わした看護師との会話は心に刻まれることばかりみんな、とろけるように優しかった。

 ホスピスは他の病院(急性期病院)と違うから、”とろける”のは当たり前なのかもしれない。

 それでも、死を目前にした人にとって、その優しさや言葉は「残された生」を生きる人にどれだけ光を与えてくれたことか。

 そして、その優しさや言葉は、大切な人が逝った後の残された人の生を、どれだけ支えてくれていることか。

 

 

 あの時、言葉を交わしたホスピス病棟の他の看護師にも会いたい。

 きっと「ありがとう」と泣く。そして思いを語って、笑いあう。

 

 

 心に溜まった感情が、こうして、少しずつ少しずつ整っていく

 

 

お勧めこ豚
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