第4話【がん切除手術】愛情ないはずの夫に”愛”を感じた日

ガンと家族の6年

これは天罰にちがいない

 2014年9月2日、朝8時半にオペ室に入った。腹腔鏡手術でガン部位をとる、9時間くらいの手術だという。

 前日から、子ども達を姉に預け、私は待合室で手術が終わるのを待っていた。
 ガンの診断を受けて手術が決まり、手続きやら仕事やら忙しくて「ガン」を考える時間がなかったので、はじめてガン情報を検索した
 
 夫の職場には、ガンになった上司や先輩が多かった。亡くなった人もいることはいたが、親しい先輩は胃がんや大腸がんの闘病を経て、復帰して仕事をこなしていた
「胃がんは生きている人多いし、大丈夫だよ」とも言われた。本当はどうなんだろう。

「胃がんの生存率は…%かぁ、食道がんはステージ2でも…%かぁ」と検索しながら不安が駆け巡る。
 
 ふと、彼のこれまでの生活習慣が頭をよぎり腹が立ってきた。


 

 
 だから、言ったじゃない!
 
 毎日、取材先と飲み歩き午前様。私は「いつか脳梗塞で倒れるからね」と忠告したよね。
半身不随になって、私は看病にあけくれることになるなんて、そんなことまっぴらごめん
 
 私の父もそうだった。毎日飲み歩き、40代で脳梗塞で倒れ半身不随になり、母は看病と仕事に追われた。
私は母のような人生は嫌だから、お願い、今のうちに離婚してって頼んだよね。


 これは天罰にちがいない


 仕事ができると言われ、調子にのって家庭はそっちのけだった。
 
 息子が1歳の時に40度の熱だしたことがあった。ツインズのもう一人がお腹すいたと泣きじゃくり、夫に繋がらない電話にいら立ちながら、やっとのことで病院に行った。
 そしたら、酔って夜中に帰宅し、俺は忙しいんだと怒鳴ったよね。



 子どもが産まれて初めての家族旅行も忘れていたのよね。幼子で双子だからと何週間もかけて計画したのに、出発する早朝に帰ってきて「はっ、旅行って今日だったか」って言い放ったよね

 風俗関係の店に行った時も「これ何なの?」って問い詰めたら、「何が悪い」って逆に開き直ったよね。
 まだ子どもがいなかったから、翌日から別居だったけど



 だから、こうなったんだ。自業自得、今までの行いが自分に返ってきただけ


 えっ、ガンだからって、何なの? 妻だから面倒みろって? 冗談じゃない。好き放題やってきて、それは問屋がおろすわけない!

 あ~、湧いてくる罵詈雑言が止まらな~い


 ふと気づけば、予定時刻はとうに過ぎて夜10時。担当医からオペ室内の部屋へ呼び出された
 もしかしたら…もうダメですとか言わたら…どうしよう……!?

 切除した食道と胃3分の2を目の前にして、担当医が説明した
 腹腔鏡では切除できず開腹手術に変更したこと、肉眼でみえるガン細胞は切除したが、進行度合いは癌細胞を検査して10日後にしか分からないこと等、丁寧に説明してくれた。


 ひとまず、手術が成功したことだけは分かった



 

ダースベーダーの夫に恋をした

 夜中2時をまわった頃、手術室から夫がでてきた。

 身体中に管が張り巡らされているが、生きている
 麻酔で白目がむき出しになり、咽頭にも太い管が挿入されてて、まるでダースベーダー

 彼を見たとたんにぷちっと何かがゆるんだ。温かいものが沸き上がってくる。
 長い時間、よく頑張った、エライ、生きているだもん

 なんだか、むしょうに彼を抱きしめたくなった


 

 あの時、私は彼に恋をした気がする
 
 半世紀を生きた年齢の私が何を今さらはずかしげもなく”恋におちた”ですって? しかも夫に??
 
 でも、心臓がドキッとときめいたのだ。恋をした感覚だった

朝から降り注いだ文句の嵐も、過去の頭にくる出来事も、波が引いていくようにどこかに消えて、
淡くて暖かい想いが残った