あの病院は地獄だった
ホスピス転院して2日後、奇跡的に意識が戻った。あきらめていただけに家族も看護師も驚いた。
コロナ禍で、病院は面会制限をしていたので「自宅に戻ろうね」と声をかけたた。すると、「いや、家には帰らん、俺はここがいい、ここにいたい」とはっきりと答えた
そして6年間通院し、信頼していた病院を「あそこ…地獄だった」と呟いた

夫は、看護師が患者に幼児言葉で話かけるのを嫌がったが、通いなれた総合病院は丁寧な言葉で対応する看護師も多く、アットホームな雰囲気で特段の不満はなかった。
ホスピス転院の朝、夫を迎えにいくと、首をだらんと落とし意識がもうろうとし、2日前に入院した時の面影は全くない姿に唖然とした。
周囲にいる看護師は、家族に対し会釈をして配慮の目は向けるが、目の前の夫はいないかのように会話をしていた。
輸血した時によく談笑していた男性看護師も、傍らにいたが、同僚と笑いながら話していた。

重度障害児をケアする教育施設で、ケアする対象ではなく、保護者や家族に誠意をもって対応する職員がいる。
その人は、ケアの対象を軽んじているのではなく、悪意があるわけでもない。その対象に意思がないと思っている、一人の人間としての”人格”を見いだしていないのだ
迎えにいった時の病院にいる看護師のほとんどは、それと似ていた。
世はコロナ禍で忙しいはずだし、回復見込みのない患者にかまうゆとりはなかったんだと思う。
意識がほとんどないなか、病室に1人残され、誰も彼にかまわず、暗闇の中にいる気分になり、さらに暗い穴に落とされた夜だったのだろう。
コロナ禍の医療関係者に人間性を求めてはいけないと思った。
ホスピスで感じた本当の幸せ
ホスピスに転院した時、少しでも命がながらえるなら自宅に戻ろうと、介護の仕方を教えてもらっていた。
「訪問介護の助けがあっても…私だけで彼を診ることできるかな」と不安になる私に、看護師は手取り足取り介護法を教えてくれた。
すると彼が意識を取り戻し「自宅に帰らない」と言ったので、周囲は驚いた。
「奥さんの介護の不安を感じ取って、本当は自分の家がいいと思っているけど、病院がいいって言ってるんですよ」
私がショックを受けたと思い、看護師さんは口々に慰めてくれた
でも、私は知っていた。彼は、本当にホスピスがいいと思っていたことを知っていた。
通いなれた病院で一人取り残された夜、夫は、意思表示できなかったが、意識はあったと思う。
たった2日間の夜は、彼にとって数百時間に匹敵する暗闇の時間、暗い宇宙空間において行かれた気分だったのだ。
それは病院だけじゃなかった。自宅でもそうだった。妻は仕事、息子も学校、不安な一日を一人で過ごした
夜中目が覚めて、家族が起きるまで椅子に腰かけて、待っていたこともあった。孤独だったと思う。
ホスピスは違う。必要な時に看護師が来てくれる。痛いと言えば処置してくれる。
それだけじゃない。そばにいなかった家族がそばにいる。妻がずっとそばにいる。呼べば手が届くところに私がいる。
自宅に戻ったら奪われる時間を、ホスピスなら独占できる、だから、彼はホスピスを選んだのだ。

大きな窓から青い空がみえる。のどかな風景だった。
この病院で50年前に彼は産まれた。息子たち二人もここで産まれた。
そして、この病院で彼は最後を終える
彼は、この病院で、自分の最後を終えると、強い意志をもって選んだのだ