新進気鋭の芸術家
「青い地球が人間になった」これが芸術家の彼を見たときの私の初印象だった。
兵庫県出身の彼と出会ったのは、同僚の結婚披露宴2次会。
芸大出身の新郎の友人らの中に、水色のスーツをまとった彼がグラス片手に座っていた。
暇をもてあましていた私は「いかにも”芸術家”って感じの方ですね」と少し皮肉っぽいジョークで声をかけた。
彼は陶芸家だと答えた。名前を聞いた。少しお喋りをして、お酒が入っている私は、また名前を聞いた。今度は筆談で名前を伝えてくれた。
「面倒な人だ」と思って筆談にしたのかもしれないが、私は彼が気に入り、隣りに座り込んだ。

彼は「糸満に住んで工房を開いている」という。場所を聞いて驚いた
「貴方の家主さん、近所の人、全員知っているよ。だって、私、あなたの住まいの隣りで産まれて育ったんだよ。20代前半に借金で売り払った家なんですけどね」
そう告げると、芸術家の彼も、その偶然に思わず笑った。
彼の名前を検索してみると、マスコミでたびたび取り上げられている、新進気鋭の芸術家だった
どうしても彼の作品をじかに見たいと思って、彼の工房を訪ねた。
世界の中心地は小さかった
工房のある通りは、かつて市の中心街として繁栄した「市場通り」、家を売り払ってから20数年以上、近づくことがなかった通りに足を踏み入れた。
小学生の頃は、通りにある自分の商店を手伝いながら、商店街の子ども達と一日中、市場周辺を駆け巡り遊んだ。
「市場通り」通りを抜けると次は 「新世界通り」、新しい世界なんて、なんとも粋な名称。世の中で必要なものは全て売っている通りだと思っていた。
2つの通りを縦横にわたりあるく、商店街に住む子供たちにとって、そこは世界の中心地にいると思っていた。
20年ぶりに歩いた通り。幼い頃、果てしなく広いと思った通りは幅3m、果てしなく長いと思っていた商店街はゆっくり歩いて3分かからない。
世界の中心地はこんなにも狭く小さかった。
さびれた店や家並みを見ながら、市場通りをゆっくり歩き、彼の工房に入った。

仏陀の顔をなぞらえたワイングラス、持ち運びできる光るエスプレッソカップ、神経回路を模した置物、次から次へと神秘的なものが湧き出る。
彼の作品の神秘さとさびれた町並みはどこかシンクロする。
工房はまるで異次元空間へいざなう扉のようだった。
その空間で、作品について、多くを語ってくれるわけでもなく、何かに包まれたような不思議な時間を過ごして、工房を後にした。
命を創るお願い
それから、夫の終末期、告別式と慌ただしい日々が続き、少し落ち着いた頃、意を決して彼にお願いをした。
「夫の遺骨を組み込んだペンダントを創って欲しい」と。
どうしても身につけるものが欲しかった。そばにいると感じる何かが欲しかった。
それを、彼の手で創ってもらいたかった。彼なら宇宙を介して私たちを繋げてくれる。 だから、お願いした。
3ヶ月後、届いた2つのペンダントを手にした時の感動は言葉にならなかった。

毎朝、そのペンダント身につける。
子育てで不安になった時、仕事で判断に迷った時、忙しくて自分を見失いそうになったとき、そっとペンダントに手をかざす。
目を閉じて、グッと握って、ひと呼吸。「きっと上手くいく」と言い聞かせる。
相変わらず、夫がそばにいる実感はない。でも気持ちは和らぐ。
彼の工房で感じた異空間への扉に自分を引き込み、今日もまた、新しい1日が始まる。
