第7話【残り9日】夫が初めて新聞を手にしなかった朝

残り2カ月+α

新聞を読むことが1日のスタート

 新聞が玄関わきに大量にたまっている。
 沖縄の地方紙『琉球新報』『沖縄タイムス』の4か月分(私は地方紙ではなく主要紙と思っている

 

 毎朝、息子たちを追い立てるように見送り、私も追いかけるように出勤する。

 玄関に投げ込まれた新聞さんを時には目を通すことなく横流し、時には息子たちが踏みつけたまま玄関に放置してたまっていく。

 誰にもかまわれることのない”主人のいなくなった新聞くん”が可哀そうになってきた。

 

 20年以上、夫は、毎朝「沖縄タイムス」と「琉球新報」に目を通した

 酔いつぶれて夜中に帰宅しても、朝6時には起きて新聞に目を通し、明け方に帰宅したら配達される時間を待って目を通す。


 夫の記者時代の習慣だった。

 仕事を辞めてからも同じだった。配達時間を待つことはなくなったが、新聞に目を通してから、一日の家事など予定を組みたてた。

 毎日あわてて仕事にでかけ、新聞にほとんど目を通さない私に、夫はあきれていた


 

 「沖縄の社会問題知らないでよく公務ができるな
→「読まなくてもできる仕事は沢山あります。私はあなたみたいに暇じゃないです

 「新聞の見出しだけでも読め
→「はいはい、時間があればね


→「5分で目を通せるだろ」
「5分? 私は忙しいです」


→「友達と飲みに行く時間はあるのによく言えるな」
→「飲む時間は精神を安定させる時間で必要不可欠、新聞は…」と、ケンカが始まった。

その日が彼の旅立つ準備だった


 20020年7月9日、玄関の新聞受けに新聞が残っていた
 
 結婚以来、こんなことは一度もなかった振り返って夫を見た。椅子に腰かけてウトウトしている。
 
 朝方はトイレで起きていたのみた、水を飲む姿もみた、いつもなら、とっくに新聞をとって読んでいる。


 その朝は新聞をさわった形跡がない…何か変だ

 7月10日の夜中、夫がキッチンからテニス部息子の名前を呼んだ。

 体調が悪くなってからは、テニス部息子がずっと夫のそばで面倒をみてくれたた。
 その子の名前を連呼している。



 「水がとまらない、どうやって水を止めるか分からない」と心ぼさげに呟いている。蛇口の締め方が分からなくないようだ
…… 気のせいかと思った
 
 その後、トイレに向かった。電気の点灯スイッチを押せない
…… 何かおかしい、気のせいじゃない!
 
 そばに駆け寄り、ベッドに戻した。眼鏡をかけようとして私に聞いた「これ、どうやってかけるか分からない
 


 「朝が明けたら病院に行こうね。ごめんね。朝まで少し休もうか彼を抱きしめ、なだめながら寝かしつけた。
 子ども達が小さい時、抱きかかえながら寝かしつけた時と同じだった




 その日の朝、職場に出勤し、ざっくりと仕事を片付けてから、午後休みをとり病院に彼を連れて行った。

 すぐ入院だった。2日後にホスピス転院し、翌週あけに彼は逝った
 
 

 あの日、新聞を取らなかった朝、彼は旅立つ準備の地点に立っていた