第25話【残り2日】死ぬ前に”死の準備”をしてくれたママ友

残り2カ月+α

死に装束ってあるんだ!?

 ホスピスで意識が戻って2日目。夫の顔をぼーと眺めていると、ママ友からのLINE電話「亡くなった時に身に付ける下着を用意しておこうか?」 

 「下着ってどういうこと」と聞くと、沖縄では亡くなった時に白の下着を身に付けさせるとのこと、新しいのがいいのかと思って申し出たようだ

 彼女は不謹慎だと思うけど」と前置きしたので、「ホントに不謹慎だよ」と笑いつつ、”その時”には気が回らないだろから、と買い物をお願いした。

 

 彼女は、数年前に夫を交通事故で亡くしていた。旦那さんは、健康のためとウオーキングで出社するため朝早く出かけたら、飲酒運転の大学生が歩道に突っ込んできたのだ。

 専業主婦だった彼女は、不慮の事故に生活のやりくり、三人の子育て、長く続いた裁判でかなり苦労した

 小さな地域だから、その話は瞬く間に広がり、”気の毒な人”にみえた彼女とは特に親交はなかった

 数年たち、保護者の活動で立ち話する機会があり、彼女の笑顔に魅かれ話しぶりに意気投合し、夫を含めた飲み友達になった


 不思議な魅力の人だった。いつも笑顔なのに”マイナス思考”で、人に言われた小さなことに傷つき、いつまでも引きずっている。
 けれど話す内容にユーモアが混じり、相談されても深刻な雰囲気になったことがない


 「何の資格も持っていないから」と自信なさげに呟いたかと思うと、レジ打ち、ウエイトレス、介護補助、見つけた仕事はなんでもこなす

 生活の中心は”子ども”だから、家事のほか、塾や部活の送迎に追われ、その合間に仕事するスタイル
けれど「手を抜いてる」と子どもに責められ、落ち込み、それでも必死にこなす日々

 地域の人間情報にも詳しく「えっ、そんなことまで知っているの」という諜報部員なみの情報を持っているので、私たち夫婦は「この地区のCIA」と呼んでいた

 

 そんな彼女と飲むのが楽しかった。居酒屋で私たち夫婦がケンカすると、家事担当の夫をかばい「もと優しくしてあげて」と擁護したので、夫は嬉しそうに笑った

 彼女の父親も60歳を目前にガンで亡くなった。看病しながら苦しむ父親をみた経験から、夫のことを本当に心配してくれた

 

ピザと泡盛と下着の差し入れ

 その日の夕方、夕食用のピザ白のパンツと肌着そして最後に一口でも飲ませてと泡盛古酒が病院に届けられた

 盛を数滴、夫の唇に指で塗り込むようになぞりながら、彼女を思った

 旦那さんが亡くなった時、動揺しながらも警察に対応し、通夜、告別式を取り仕切って、器用じゃないから本当に大変だったと思う
 
 だから、”今後やってくる雑事”に追われる私を心配してくれた。不器用にみえるけど、深い思いやりが嬉しかった

 

 人は人と関わることなくして生きることはできない

 彼女は、”人”に傷つき、でも”人”に興味を持たずにはいられず、一生懸命かかわるほど空回り。でも結果、”人”に支えられて生きている。とても私に似ている。
 
 だから私はほっておけなかったし、会いたくなった

 夫はどうだったのだろうか。理由はどうであれ、楽しく時間を過ごしたいと思える人がいる、それだけで私たちには幸せだった

 白い下着を着せたとき、手つかずの白が、やせ細った夫の肌にまぶしいくらいに映えていた
 

 その時、夫は確実にこう言った「死ぬ前から”死に装束のプレゼント”ありがとうな」と。そして「俺、まだ生きていたんだけど」と突っ込んだと思う。