第16話 ほんのひと手間で幸せは作れる

夫の人生哲学

一年忌前日のイライラ

 あ~、ウットウしい。ここ一週間、夫の一年忌法要のことで、身内から電話がなりっぱなし。

 「コロナ禍なのに法要やるの?」「親戚だけでいいんじゃない」「人数把握するため告知したら?」
 →「とりあえず、やります」「三密対策しました」「お寺の広間を借りたから大丈夫」と返答する。

 あ~ウットウしい。1年前のちょうど今頃、夫は生きていた…と思い出にひたっているところなのに…また電話の邪魔が。

 「法事のお返しは何にした?えっそんなもの」「法要に必要な重箱は?」「仏壇に供える餅は忘れないでよ」
 →「もうやりました」「これでいいと思う」「わかった、準備する」と機械的に返答する。


 手伝わない人に限って、いろいろ言ってくる。あ~ウットウしい


 お寺との調整や供え物、お返しは、ひととおり準備した。けれど、家の掃除が残っている。
周りを見回すと、鏡でみる私と同じくらい家の中が雑然としている。

 カーテンレールがはずれ、仏壇周りに物が散乱し、料理する台所は油汚れがこびりついている。
 掃除をしようと思うほど体が動かない。2日間も仕事休んでいるのに、私のヤル気スイッチが作動してくれない。

少しの時間をさく大切さ

 「明日は一年忌、ひとまずやるしかない」と重い腰を上げ、台所の前にたった。
油で汚れたアルミの壁紙を剥がしていると、予想通り、指を切った。



 おおざっぱな私は、掃除をはじめると、必ず手や足を怪我する。やっぱりケガしたよ、とぶちぶち文句いいながら、無造作に絆創膏を巻き付けた。

 掃除するとき、夫は必ず「手袋しろ」と注意したが、私は「めんどい」と聞かないふりをした。
 
 それを思い出し、ビニール手袋を引っ張りだし装着。仕切り直して、掃除を始めると…すべりもよく、アルミも楽にはがせる


 

 「なっ、俺が言ったとおりだろ、手袋するのはほんの数十秒。それで作業が数倍楽になるだろ」と彼の声が聞こえた 

 「どんなことでも、ほんのひと手間が大事なんだよ」

 夫は「料理も食事もそうだよ。ほんのひと手間でぐっと美味しくなるとよく言っていた

 食事を温めるのが面倒で、冷えたままで食べることが多かった私に「温めたら美味しいのに」と言う。

 「私だけのことだから別にいいじゃない」と返すと、「どうせ食事するなら」と美味しいほうがいいさと”ひと手間論”
 

 「料理って、みりんを足すとか、少し漬けるとか、あく抜きするとか、少しだけ手を加えるだけで格段に美味しくなる」
 家事にはまり、料理研究家になり始めた夫は、得意満面に語っていた

 

 

 そんなこんなするうちに、掃除はどんどんすすんだ。台所はピカピカ、調理する気分もいいし、夕食もなかなか美味しいできあがり。
 

 ふと、法要で口うるさい方々を思いだした。心配してなければ口を出していないわけだし、”思いやり”といえないわけでもないと、とも思えた。



 ひと手間論を考えているうちに、私のなかにある”一握りの優しさ”がひょっこり顔を出してきた。


 仏壇の周りもきれいに片付いた。「今日も俺が教えてやった」と遺影の彼が笑っている